正長の土一揆
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武士であった平次郎という男は、日々を闘茶(茶の種類を当てる賭博)に費やし、とうとう御家追放となる。借金の形に平次郎の暗殺を企てるが、腕のたつ武士であったため失敗に終わる。
月日は経ち、足利義教へ政権が移ると天災と疫病に苦しめられた衆生への更なる徴収を行い、世に混乱を招くのであった。
茶の好きな平次郎は、亡くなった娘小夜の遺言により、茶園の主となっていたが、日照りと水害により茶葉の収穫は落ち込む一方であった。そんな最中、苦しみに耐えられなかった隣村では蜂起が始まり、また茶園の人々も平次郎に告げず、嵯峨屋庄兵衛とサキのいる土倉への討ち入りを起こしてしまう。
この噂が、大和郡山城の先にある大乗院(元興福寺)の別当経覚の耳に入ると、足利家同朋衆、能阿弥と共に穏便に治める為の一策を講じる。これに対し、大乗院の官付衆徒棟梁順覚は、危機感をもち、経覚の命を破り、僧兵を率いて衆生の暴徒化をねじ伏せに出陣したのだった。そうして、衆生の土倉への討ち入りは各地で行われ、衆生の累加は止まる事がなかった。
「娘さんを助けられねえ世の中は尋常じゃねえ。狂っているなら、真っ正面から切り込んで正せばいいんです」平次郎は自身の意を収め、この一揆の陣頭指揮を取ったのだった—。