新・日本の首領

昭和55年。辰野会は、対立していた安西組の解散により大阪で勢力を拡大。やがて、組員が京都の組織、沖名組に殺害されたことで、両組織の対立が激化。辰野会直参上村組組長、上村は、広島の峠会会長に仲介役を依頼するが……。

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